総  括


 さて、例によって全体をまとめてみようと思う。

ロンドン市街

 一番強く感じた事は、「やったもん勝ち」の世界であると言う事。車の運転でも待っていては順番は回ってこない。チャンスをうかがってここぞとばかり、突っ込む。躊躇すると相手方が突っ込んでくる。なかなか激しい世界だ。ただ、日本と絶対的に違う点は、「入れたるか!」とばかり間を詰める車がいないと言う事。先に突っ込まれたら躊躇無く道を譲る。意地悪をする車は無いのだ。慣れるとそれなりに走りやすいのだが、今まで走ってきた諸外国と比べ、事故が多いのではないかと思った。アメリカのシアトル近郊で3日、カナディアンロッキー4日、オーストラリア10日、ドイツ・ベルギー12日間というのが今まで走ってきた道のりだが、事故を見たのはドイツのアウトバーンで一度だけだった。しかし、ロンドン近郊では3日間で6件の事故を見た。統計は知らないのではっきりとは言えないが、多いと思う。
 欧米文化の発祥の地であろうが、その実、アジアに近い人々ではないかと思った。地下鉄の車内でも平気でゴミを捨てていく。一度、前に立っている人の新聞から紙が落ちたので、拾って渡すと、迷惑そうに受け取った。ふと見ると、同じ広告の紙が車内のあちこちに落ちている。この人、落としたのではなく、捨てたのだ。「紳士の街」という僕のイメージはもろくも崩れた。
 ただ、すごくいろいろなものを飲み込んでいる、懐の大きな街である事は感じた。だから慣れてくると非常に居心地のいい街である。 


ミュージカル

 それぞれの所で書いたが、肉声と生オーケストラで行われるのがロンドンスタイルとでも言おうか。オペラ座の怪人ではだからこその歌のレベルの高さ、表現力の豊かさを感じ、キャッツでは、だからこその演出の限界を感じた。
 これは単純に見る人の感性にゆだねられるだろう。「本場ロンドンのミュージカルを見たら日本のミュージカルなんてたいしたことは無い。」という人もいるが(僕も行く前にそう聞いた事がある)、日本は日本のミュージカルのスタイルを作っているのだ。どちらが上という事では無く、違うものだと思う。
 キャッツを初めて見た時、ガスの「グロールタイガー」が始まる時の驚きは忘れられない。四季のキャッツをロンドンキャッツを見ると拍子抜けするかも知れない。でも、メモリーに乗せてくるその感情表現はロンドンの方が現時点では完全に上だ。どっちが好きかである。

 一番の違いを感じたのは、観客席側だ。びっくりしたのは、客席にワインやコーヒーを持って入ってきて、飲みながら観劇をするのだ。日本の「劇場内での飲食禁止」と比べるとえらい違いだな〜と思った。幕間にはアイスクリーム売りのスタンドが客席内に出来るほど。前に座っている女性が、「これ、どこに捨てるの?」と聞くと、「下に置いといて下さい。」と言っていた。
 実におおらかにミュージカルを楽しんでいる雰囲気がした。カーテンコールもあっさりしたもので、日本のように何度も出てこない。終わったら観客もさっさと引き上げてしまう。

 後、「間」というものの違いを非常に感じた。微妙な、期待と不安を醸し出すような間が無く、さっさと進むと言おうか・・・。間を持たすというのはロンドンでは好かれ無いのかも知れない。

 

郊外

 と言ってもコッツウォルズ地方だけだが・・・。
 ロンドン郊外の自然はロッキーやオーストラリアと違い、人工的に村と周りの自然が一体となるよう創造されている。だから街並みが非常に綺麗だ。その街並みを守るためにすごい努力をしているのだ。
 キャッスル・クームのインフォメーションの人が「素晴らしいですね」の言葉に「当然よ」みたいなニュアンスで返してきた中にはそれだけの意味があるのだ。
 確かにその街並みは僕は非常に気に入ったが、一つだけ、付け加えると、生活感があまりない。映画のセットのような感じである。そのあたりをどう感じるかは人それぞれであろう。


 さて、短いのか長いのかよく分からない10日間であったが、今度はもっとお金に余裕がある時に行きたいと思った街である。物価は高く、何をするにも頭の中で計算をしていたが、お金に余裕があれば、すごく楽しめる街である事は間違いない。サービスに関してはさすがに一流だと感じた。お金があればの話だが・・・・。

 次はどこになるだろ。


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